嶋中氏の本「HOME COFFEE ROASTING」

この本のタイトルを見て実は少々ショックを受けた。というのも、自分は今、家庭焙煎コンサルティングを本業にしようとしており、まさにこういう本を自分でも出したいな、と考えていた矢先だったからである。

嶋中氏の家庭焙煎の本

しかも著者の名前に旦部氏の名前がある。旦部氏と言えば、珈琲マニアなら知らない人はいない有名な珈琲研究家であり、僕自身、特に氏の「コーヒーの科学」には大変お世話になっている。エビデンスに基づいた旦部氏の発言には絶対的な信頼を置いてきた。そこにさらに嶋中労氏である。以前ブログにも書いたとおり、嶋中氏の本は、まるでその人とずっと一緒に過ごしてきたのではないかと思われるほどにリアルさを感じさせるもので、講談調の文章と相まってとても楽しい。ということで大いに期待してアマゾンで早速注文してみたら翌日にはもうポストに入っていた。

 

さて、読んでみての感想は、正直いって少し拍子抜けであった。もっと技術書よりを期待していた。そもそも共著者に旦部氏の名前はあるが、あくまで全編が嶋中氏の文章であって、内容は珈琲焙煎家などにインタービューしたエピソード満載の珈琲物語的要素が強い。

 

タイトルの「HOME COFFEE ROASTING」は、昨今の自宅珈琲ブームもあり、家庭焙煎をしている人や、これから開始したい人には実にアピールする。そして表紙には旦部氏の名前である。これは一本取られた! という感じ (^^;

 

さて内容であるが、さすが嶋中氏の文章だけあって、とても読みやすく一気に最後まで読める。ただし、「コーヒーの鬼」などの迫真のルポぶりに比べて、少しやっつけ仕事的な内容にも見える。そもそも嶋中氏はジャーナリストであって焙煎士ではない。焙煎を実際にやっている者なら突っ込みを入れたくなるような箇所もちらほら見当たる。恐らく色々インタビューして得られた情報は自分で体験したわけではないと細かい部分で消化しきれず、本にまとめるには苦労されたと思われる。

 

例えば文中に以下の説明があるが実態は逆だろう。モカは小粒でも元気にハゼるし、思いがけず大きく膨らむ。一方、ブラジルは総じてハゼも大人しく、膨らみ方も穏やかで一様である。

 

<112ページからの抜粋>
「例えばナチュラルのモカと同じくナチュラルのブラジルを比べると、モカは線香花火みたいに弱々しくハゼるが、ブラジルは力強くハゼる」

 

前半の「お家焙煎の科学」の稿は、旦部氏の「コーヒーの科学」を読んだ方が分かりやすい。手網や手廻し焙煎機の使い方の説明も一人の意見を受け売りしている感じで、やや中途半端である。途中、無理やり水増ししたような内容が入って、読んでいると少々中だるみするが、流石にポイントは抑えている。例えば奇しくも先日僕がブログに書いた大坊氏風の1ハゼなし焙煎についてもなかなか分かりやすく説明している。ただしこれも大坊氏自身の本に書かれている内容と同じではある。

 

また本書の随所に引用される旦部氏や田口氏の発言については、旦部氏、田口氏の著作を読み漁っている者にとっては既知の内容ばかりであった。

 

とここまで偉そうなことばかりを書いてきたが、全体としては主だった珈琲の大家の考えや知見を巧みにキュレーションしており、しかも読みやすい文章にまとめているのは流石だと思う。僕は珈琲本を買っても内容が今一つだと直ぐに手放してしまう性分であるが、この本は僕の蔵書に加えようと思う。

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